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ここでは、山鹿の見ごろ・遊びごろを紹介いたします。
お問い合わせは 山鹿市役所商工観光課 0968−43−1111
山鹿市観光協会 0968−43−2952
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天高くそびえ立つ姿は、
菊鹿(きくろく)平野を一望にし、
その威容を誇る。 |
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この「不動岩」は、熊本県山鹿市三玉地区の蒲生(かもう)にあり、その北東・標高389mの山の中腹から頂上にかけ、天に向かって突き出しています。
「不動岩」は、5億年以上も前の古生代(オルドビス紀)の『変はんれい岩』からできたもので、まだ日本列島の形すらできていない時代のものです。
この変はんれい岩が気の遠くなる年月をかけて崩れて海に流され、海水に洗われ丸い小石や砂(さざれ石)になり、そのさざれ石が海底に厚く積み重なって強い圧力を受け岩盤となり、その周囲が削り取られていわゆる国歌「君が代」の歌詞にある「さざれ石の岩盤(いわお)」となったものが不動岩です。
この岩肌に苔や岩松が生え、天空高く(高さ約80m・根回り100m)そびえ立っています。
その姿は「君が代」の歌詞そのままです。
「不動岩」の名前は平安時代、山伏たちがこの山中にこもり、不動明王を本尊として祀り修行したことに由来します。当時、たくさんの山伏たちがこの岩の周りに坊を建て、修行していたと伝えられています。
ふもとまでは登山道路が整備され、三つの岩で構成される不動岩のうち、真ん中の岩(中不動)と西側の岩(後不動)には、九州遊歩道を使って登ることができ、そこからの眺望はまさに絶景といえます。 |
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つつじの名所として知られる日輪寺。山一面を埋め尽くすほどに咲き誇る花の季節にはつつじ祭りも催され、たくさんの花見の客で賑わうなか野点なども行われます。
境内には由緒深い遺跡も多く、菊池武時の息女素覚尼の五輪塔や、芭蕉の句碑、17名の赤穂義士の遺髪塔などもあります。また楼門の鐘は肥後三大銘鐘の一つに数えられています。
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米原長者伝説に出てくる日岡山の麓にある「蒲生の池」周辺は、四季折々の木々が茂り、鳥のさえずりが私たちを楽しませてくれます。
みかん畑を通って不動岩へのハイキングコースを楽しんでみてはいかがでしょうか。
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文化遺跡の宝庫、菊池川流域の考古学資料や歴史・民俗資料を広く集め展示してあります。
この博物館を中心として「古代への道」や「古墳の森」「古代の森」などの野外博物館とともに、(肥後古代の森山鹿地区)は形成されています。
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文明五年(1473)三月、町民の宝である温泉が涸れてしまったときに金剛乗寺の宥明法印が薬師堂を建て温泉復活の大祈祷を行い、再び以前にも勝るお湯祈りだしたといいます。
以来、温泉が復活した12月20日を湯まつりとして永く法印の功をたたえています。
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菊池川支流の岩野川河川敷に、水遊びが大好きな子供たちが安全に安心して遊べるようにと作られた公園です。
冷たい清流で、いろんな遊び方を発見した子供たちの笑顔に出逢えます。
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元禄年間の日照り続きのとき、一人の念仏僧がこの踊りを村人に伝え、老いも若きも踊り続けたところ、七日七夜の満願の日に大雨が降ったといいます。宗方八幡宮に伝わる雨乞い踊りです。 |
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3月9日、長坂の厳島神社に五穀豊穰を祈願して奉納される舞楽「なれなれなすび」。一風変わった姿の踊り手が、歌と大太鼓の音に合せて神社の拝殿で夜遅くまで踊り続けます。 |
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豊前街道と国道325号が交差する街角に生まれた「湯の端公園」は、散策を楽しむ観光客の皆さんの憩いとふれあいの場です。ここには、だれでも気軽に温泉気分を味わうことができる「あし(足)湯」があります。
服を着たままソックスをちょっと脱いで膝から下を温泉に浸すだけ。足を温めるだけで全身がポカポカとして気分は爽快です。なによりも髪が濡れることや、お化粧直しを気にして温泉をあきらめていた女性の方にぜひお勧めの施設です。
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| 山鹿灯籠祭り |
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八千代座 |
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古墳 |
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